子ども達の声が遠くに聞こえる。
室内にたった一人というだけで、不思議と寂しく感じるものだ。
睡眠時間を犠牲にしたバチが当たって今朝から食欲もなくフラフラだった私は、問答無用でここに連行された。
お説教をくらったのは言うまでもない。
太陽の位置や明るさを見たところまだ昼過ぎくらい、だろうか。

「退屈だなー」

石化を解いてもらってからというものとにかく必死に働き続けていたせいで、何もしていない方が苦痛に感じる。

「今のテメーの仕事は寝る事だ」
「うわっ!気付かなかった」

私をここに押し込んだ張本人。千空が入り口に立っている。

「これでもかなり休ませてもらったよ。だめだねぇこんなんじゃ……やれやれ老いには勝てんわい」
「急激に老けてんじゃねーよ」

千空いわく誤差の範囲である年の差が今だけは少し恨めしい。もちろんこんなものはただのこじつけであり、正真正銘八つ当たりである。
こういう気持ちを、まさしく大人げないと言うのだろう。
冗談めかして覆い隠してみても、聡い彼には無意味な抵抗だ。

「これから嫌でも働いてもらうからな、逆に休むなら今のうちって訳だ」
「はぁい。で、そういう千空は何をしに」
「あ?そりゃここに来たらやる事なんつーのは1つしかねえ」

千空はそう言って私から少し離れた所に寝ころんだ。
どうやら彼も仮眠を取りに来たらしい。連日大忙しの彼は、人知れずこうして身体を休めているのだった。
丸まった背中を見ていると、たまには甘やかしてあげたいと思ってしまうのは母性本能なのか、それとも。

「ねえねえ千空、良かったら貸そうか?膝まくら」
「……は?」

体を少し捻りつつこちらを向いた千空は「何言ってんだコイツ」という顔をしている。

「空いてますよ〜」
「ほ〜〜〜そうかそうか、おありがてぇ。全人類救ったあと頼むわ」

相手が千空じゃなかったら「そんなに嫌かー!」と声を上げているところだ。
彼ならいつかやり遂げる。そう思うと、前の台詞が妙に擽ったく感じる。

「高さの合わねえ枕を使う意味はねーな、今んところ」

理にかなっていない。尤もな断り文句だった。
再び私に背を向けた千空は「15分」とだけ言って、静かになった。さすがの彼も、まさか眠っている間も秒数を数えているわけではあるまい。
とはいえだいたいそのくらいの時間に起きられるのだから、つくづく恐ろしい少年である。

「高さの合わない枕、ねえ」

先程の千空の言葉で、私の頭に新たな疑問が生まれていた。
これでも科学王国の人間のはしくれ、私も気になったことは試したくて仕方のない性分なのである。
次は抱きまくらと安眠の関連性について検証する、というのはどうだろう。
さっき以上に呆れた顔をされそうだが、もしかしたら意外と。
いや、やはり試してみなければ分からない。

喧騒から少し離れたこの場所にわざわざ連れて来られたのも、たかだか15分休憩のために千空がここまで来た意味も、なにも分からないほど鈍感ではないつもりだ。

「毎日お疲れ様」

私の発した言葉が彼の耳から脳へ届いたかどうかは分からない。規則正しい彼の呼吸の音だけが、二人きりの空間に響いている。



2020.1.13 安眠のススメ


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